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秋の終わりはなぜか淋しいですね

Img950 ススキの季節もすでに終わりに近く、東北はもう少しで冬になる。

冬になればなったで白黒を撮っているものにとっては被写体に事欠かないわけでハッピーな季節なはずなんだが、気分は淋しいのである。

今年の秋は柿をあまり食べれないで終わってしまったし、秋刀魚も今一食いたりない気がしている。もどりカツオにいたってはなんだか食べたんだか、はて。

開封せずに期限を迎えそうな4×5インチのカラーフィルム、紅葉の時期を逃すとあといつ使えばいいんだろう。

明日しごとがお休みになるので、雪もそろそろの近所の山へでも行って、遅い紅葉狩りでもしてこようかと思っている。18万キロ走行した我が家の自家用車もタイミングベルトを交換して元気一杯である。

前田真三先生の写真に雪と紅葉を上手く撮ったのがあったが、北海道ならではの組み合わせかもしれない。ここ東北南部では雪のころにはもみじっ葉は落ちてしまっている?

マガジンにカラーフィルムを入れるかどうかは、明日の天気次第となるな・・・

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なぜか窓を撮ってしまう

Img923 ぼくはなぜか窓の写真をよく撮る。

窓には人それぞれの暮らしが透けてくるみたいで、とてもそそられるのである。いやらしかったり楽しそうだったり悲しそうだったり・・・

人を撮るのはいろいろ難儀なこともあろうが、プライバシーを覗くような撮り方をしなかったら大概は許されそうな気もする。

この写真のアパートは窓こそサッシになっているが、建て替えされずに既に40年は経っているはずなんである。ぼくが小学生のときにここに住んでいる友達と遊んでいたんだから。

二回のカーテンが閉まった部屋は、空き部屋なんだろうか。なんだかわくわくしてしまう。余分なお金があったら借りてしまいたくなるような予感もある。

ところで、35mmカメラはコソドリにちょうど言い。こんな景色でも三脚を立てて撮影していたら、もしかすると怒られるかもしれない。パット向けてパット撮ってこそこそ逃げ出す、ってな調子でいつも撮っているんである。

きっとこれからもいろいろな窓を撮影していくと思う。いろいろな地方へ行って、いろいろな窓を撮る。人なんか写ってなくともいいのである。ただ、窓が並んでいて古っぽいアパートであれば、迷わず写真を撮るんである。

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浅はかなのは世の常?か・・・

三脚の話。

古里気仙沼へ撮影に行って来た。ニコンとRB67がおとも。

今日は脚立と三脚二台も持っていったんであるが、結局ハスキー犬のみの利用で終始したわけである。新顔スリックも一度は使ってみたんであるが、どうも慣れないせいもあろうがシックリしない。雲台は華奢だし脚は細いし・・・

改めてハスキーを見直してしまった。大きすぎると思っていた雲台も、たとえニコンであれ載せてみるとしっかり固定できる。あれは、カメラを固定する部品が頑丈であり、雲台そのものの丈夫さ部品の厚みによる安定感なのである、と気がついた。

ひびの入った肋骨にはハスキーの重量がこたえるが、写真を撮るときの安心感は無上である。引き換えスリックの400DXは、これしか知らなければこれで満足できるんだろうが、ハスキーのサブで利用してみるとまったく問題外なんである。

はは、また余計なものを買ってしまったかな?

いずれハスキー犬は低位置が超苦手である。工夫も限度があるし、スリックは低位置専門と割り切って使うしかなさそうである。軽いスリックで間に合うんだったら重いハスキーはお留守番させようと思ったんであるが、そりゃ、「無理」!

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まあ節操がないのはいまにはじまったことではなく・・・

Img912 ニコンのはなしである。

大分前にニッコールのAi35mmf2.8がどうのって書いた事は覚えている。が、いま手元にあるレンズはその35mmを下取りに出して手に入れたAi50mmf1.4Sである。

35mmメインで写真を撮っているつもりはないのであるが、「これ一本」のレンズをああでもないこうでもないととっかえひっかえしているのである。

まあ、35mmレンズよりは50mmレンズのほうが使い慣れてはいるので当分はこのレンズ一本で間に合わせることになるのかもしれない。

久しぶりに基本設定レンズ?を使ってみて思うんであるが、こういう明るい所謂標準レンズって、なんて使いやすいんだろうって。

この間生まれ故郷の気仙沼にいって撮影してきた写真を一枚。路地の写真を撮ろうとして歩き回っていたときに出会った猫君一匹。絞りはf4で撮影してある。フィルムはフジのトレビ100C。

このフィルムしばらくぶりで使ったんであるがなかなかキリリとしていかしていると思っている。フィルムの話ではないんであった。レンズは件の50mmレンズである。スッキリしているのはフィルムのせいばかりではあるまい。ニコンらしい色艶で、トーンもしっかりしていると思う。使うに楽しいレンズである。

ところでこの猫君、1.5メートルほどの距離からの撮影、逃げようとしない。目の辺りから推測するに相当の老齢らしい彼(彼女)はじっとこちらを見ているんである。それにしても50mmレンズって、猫を撮るには調度よい焦点距離なのである。ま、これ以上寄ったらピョンっとどっかへ駆けて行ってしまうんだろうが、この緊張感ある距離がぼくと猫君の50mレンズをはさんだ限界なんだろうね。

気仙沼の路地裏を撮るのに、猫達を仲立ちにお願いするのも面白いかもしれないと思ってしまった。まあ、探そうとして探す猫ほど見つけられないものもないことを重々しっているぼくは、可也な冒険に船を漕ぎ出すんであるか?

レンズの話。ぼくの使っているカメラはニコンのFAなんだが、35mmフィルムもなかなか面白いなあと思っているわけで、プラットフォームには視野率100%が欲しくなる。ふーん、ニコンF3か?

繰り返すアホの連続である。買っては放し、話しては買う・・・ 寄せては引いてく波のような病気であるな。ま、嫁にばれるとこんどこそ家を追い出されそうなので、こっそりばれないように「貯金」をせねばと、健気に思っているわが身であるかな~

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虎の子をはたいてなんというか

スリックにエイブル400DX-LEという三脚がある。ほんとに欲しかったんである。

フジヤのネット店に、一万円でAランクのがでていた。即電話!

手元に届いた三脚は傷一つない新同品である。送料を入れてもヨドバシで売っているのより大分お得になってしまった。

基本は大判で400mmを利用することがあるためクイックセットのハスキーの三段を多用している。が、ローポジションが取れない構造であることで、別な小型三脚を前々から欲しいと思っていたんである。ほんとにラッキー!

ハスキーを使う前まではスリックの300DXというのを使っていた。大判のピングラを覗くときに高さが足りなくて、紆余曲折はあったもののハスキーに落ち着いた経緯がある。今回の400は、300に分割ポストと簡単足ロックをくっつけたもの。タチハラ程度なら大判でも400mmの使用を控えれば十分使えるのである。

それと重量。ハスキーは3.7キロ、スリックは2.5キロ弱という重量差。ハスキーを使い出したときに感じた軽さを思い返すに、ますます体力が落ちていることを痛感してしまうのである。であるが、35mmカメラのみを肩に下げて歩き回るのに、もしもの保険代わりの三脚でハスキーは辛いのである。

以前なら一つ出して一つ買っての繰り返しであったが、んー、ハスキーは手放せない。その大判の望遠の件がなくっても、やっぱりハスキー犬はたのもしい三脚である。これからやってくる冬山歩きは、ハスキー犬がお供であることに変わりはない。

つまりシティー向きではない?ってことなのか??

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撮影一回目のこと

以前書いた「古里気仙沼」を撮る為に出かけてみた。

知り合いが新しい道路“三陸自動車道”を利用すると住んでいる仙台市から二時間で気仙沼まで到着できるよん、てな誤報をもたらしてくれたんだよねえ。

まあ、いってみたらこりゃ無理だわなあ。やっぱり二時間半はゆうにかかるわけで、高速代往復1300円をガソリン代にしたら何ぼ走れるんだっけ?ってなみみっちい愚痴になってしまう・・・

それはそれとして、出かけたのが昼ちかくであり、夕方帰って来るこどもたちのために夕食の準備はサボれない。つまり撮影時間は限られてしまうのである。

子供のころ住んでいたあたりに狙いをつけ、2時間ほどほっつき歩いた。ニコンで40コマほど撮影して帰ってきたんであるが、まあなんと30年まえに郵便配達のアルバイトで配っていたその当時で古びていたアパートが、多少は手を加えられていたがそのままその場所にあり、住人もいたのにはビックリであった。

メインの道路は軽自動車のすれ違いも出来なさそうな狭い通りであり、家を建て替えるったって、消防法に引っかかるような土地ばかりである。これじゃあこのままだようなあ、とぶつぶつ言いながらの写真撮りである。

手応えのないまま終了かなあ、なんて情けないことしきりでふら付いていたら、どっかの白い猫君が小道にどっかと座っている。こりゃ撮らない手はないわけで、近寄るも動かず、パチリと一枚。この日の収穫一枚目である。

入手したばかりのニッコールの50mmは、ちっとも違和感なく使えるのがとても嬉しかった。やっぱりぼくは標準レンズ党である、はは。

この日使ったフィルムはフジのトレビ100C。流しをカラーでやって、要所を白黒大判で固める!ってな計画である。トレビにしたのは予算の関係で、白黒フィルムを大量に保管している冷蔵庫を見てぶつぶつ言っているわが女房どのに、この上お高いぼくの大好きなRDPⅢなど買いますなんて言えないため。

それにしてもである。ニコンのFAに50mmレンズってのは、悩まなくて済むのでほんとに撮影がたのしかった。一本目の現像が上がってくるのが楽しみである。

こんどはいつ行けるか・・・

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泣き言を一つ

数日前、実は交通事故にあってしまい、難儀している。

車の助手席での被災であり、まったく災難というしか言いようもない。

で、きょうはまあ好いんだが、数日間はひびの入った胸骨に悩まされている。最も恐ろしいのがせきやくしゃみで、シャックリも飛び上がるほど激痛がはしる。・・・飛び上がったら飛び上がったでその痛みは計り知れず、じっと我慢の子なところが我ながらいたいたしい。

話は事故のことではなく・・・

痛み以外は全て健康なわけで、心配された鞭打ちも症状はなく、爽やかに!すごせている。もちろん仕事はお休みである。

こういう状況って、非常にまずいわけで、つまり「暇」なのである。頼まれていた電話仕事もかたずけるにそう時間もかからず、毎日が退屈なのである。したがって、持病が頭をもたげてしまう。

朝まずは中古屋さんのネットショップへ顔をだし、舐め回すように必要のないメーカーの在庫までチェックする。数件回ってもさほど時間もかからず、飽きてTVに移行。

思い出したように昼ごろ再び朝と同じ巡回をする。たいていこの辺で今日のチェックリストが出来てくる。あれも欲しい、これも欲しい。

で、出たり入ったりで、ニコンのF3が市場価格を大分に下げていることを発見。潜在的に欲しているカメラであるので、値段が下がれば障壁などなにもない。が、先立つものもないので、ああしてこうして上さんを「だまして」っと、スパイ大作戦を決行するまえのプラン作成に勤しんでいる次第。

それにしても、随分チェックしないうちに、F3が値を下げてしまった。ま、古いものだとそろそろ厳しい状態にあるのかもしれないが、我が家のニコンFAがいまだ健在なところをみるにつけ、FAより新しくかつ丈夫に設計されているF3のこと、ぼくが死ぬまで使ってもこわれることもあるまい。ってな、どうでもよいようなことをあれこれ考えている自分は手のつけられない極楽トンボでもある。

ロックオンしたF3は、きっと近い将来手元にやってくるはずである。痛みの記憶といや、記念?として、是非!

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いわゆる標準レンズ考

Img_0165 前回に続き、ニコンの標準レンズAi50mm f1.4Sについて考える。

世はズームレンズ全盛であるが、ぼくはこのズームレンズが苦手である。なぜか?優柔不断気味のぼくの性格がこの超便利なレンズによってシャッターを押せなくさせてしまうことによる、と思っている。

思えば、中学のころから写真を撮り始めたんであるが、当時(昭和50年)高価だったズームレンズは高値の花でもあった。写る写真がどうのなんてことじゃなくて、手に入らなかったから使わなかったともいえる。また、そうした環境がズームでなくても間に合う撮影スタンスを自然に作らせたんだとも思っている。

そこで50mmレンズである。なんとも自然な画角がありがたい。ファインダー像が、覗く前と後とでまったく違和感がないのである。これって、とても大事なことのように思う。

目で見てこれって思える光景が、そのまんまファインダーに像を結ぶことは悩むことなくシャッターを切れることに繋がるってなわけである。さすがの優柔不断君も顔をだす暇がないのである。

ぼくはアサヒペンタックスとニコン以外使ったことはない。のであるから比較してどうのということはいえないのであるが、ことニコンに関しては、その絞りの位置で結ぶ像の雰囲気が多少なりとも異なっていることはなんとなく知っている。

開放とそれから5.6までと、8からあとの3種類のグループはそれぞれなんとなく違うと思っている。8から後というのは所謂光の解析が起きて云々の物理現象であるというのを最近知ったんであるが・・・

いずれ、使うのに悩ましくない50mmレンズは、やっぱりありがたいのである。健気に野に咲く花を、開放で撮影したときのバックのボンヤリした感じとか、ピントが当たっているところのキリリとしたディテールとか、短焦点レンズの独壇場でもあると思っている。

まあ、ぼくのメインキャメラがタチハラであったりするのは、結局拡大して紙にしたときに、どう見えるかの好みの問題ではある。35mmサイズのカメラをそれほど熱く語れないのもそうした好みの問題からである。

そうは言っても、今回古里を撮る必要があるわけで、全部タチハラでやったら、もしかすると数枚で終わってしまうかもしれない。理由はいろいろあるが、である・・・

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またまた懲りない面々です

はてさて、とうとう念願だった!ニコンのAi50mmf1.4Sを入手してしまった。

持っていた35mmf2.8を下取りにする格好であるので、追い金はふふふ、ある。

Img_0165 スナップ写真など全くといってよいほどに撮影しないくせに、気の迷いで買ってしまった35mmレンズは、やっぱりほとんど利用しないまま手元を去っていってしまった。思えばかの「大場商会」が健在であったころ、通販で購入したんだっけ?

ところで、この50mmレンズを手に入れたのって、何度目だろう。手に入れては離しの繰り返しで、覚えているだけで、新品を含めてざっと5本目というあたりか。

多分!これで、終了となると思っている。ま、ちょっとカビ跡ありのレンズ故、カビが進行したら分からんけれども・・・

今回50mmになったのは、ちょっと出身地(気仙沼市)の写真を撮る気になった故なのである。住んでいる仙台市から車で3時間弱の遠方であるが、まあなんというかそういう時期になったんである。

普段利用している中判および大判カメラは、基本三脚へ載せる。が、ディテールをそう要しないジャンルの写真となりそうなので、まあ、135サイズでもよいかな、ってな考えである。無論、タチハラとRBは持参する。

癖のないレンズで、癖のない写真を撮る。フーン、待ってろよ気仙沼。

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まったくいつものことなんだから

現像が億劫でシノゴをちょっとお休み中のこの頃。

野にはセイタカアワダチソウやオミナエシが花をつけている。

さて、撮らなくっちゃあと勇んでRBを持って出かけたはいいが、寸足らずの画面しか作れず、出戻って脚立持参もこれ能はず、結局手持ちのレンズの関係で、タチハラの出動と相成ってしまった。

この状況は、いま捜索中のRB用の250mmレンズを購入できたとしてもたぶん変わらなく繰り返されることとなるだろうなあ。

改めてなぜなのかと自問するも、返ってくる答えも変わり映えせず、つきるところ天地左右が真逆に見えるのを除けば、ファインダーに結ぶ「絵」はシノゴが絶品であることここに極まれリとなる。

ははは、この経験は写真を撮るいろいろな面倒が幾つあろうが、未来永劫変わらず同じところに戻ってきてしまうことを繰りかえすのである。

バイテンへの移行計画もちょっとはあるんであるが、実用上、シノゴの取回しの良さを考えれば、足踏みしてしまう。

ま、余計なことを考えずひたすら写真を撮ることが、大事なのはこれまた自明なことなんですなあ。

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