川の流れ 昨日の撮影

 昨日撮った写真である。

まいどまいど訪れる家からそう遠くない山の中である。実際今まで何度訪れたか分からない。_img068標高は1200メートル程であるが、懐は深い。
 

この写真はいつも使っている現像薬とはことなる新しい薬品による。
現像時間が以前のより短くてすむ。リキッドタイプであるため溶解後すぐでも使える。値段も少し安い。いいことばかりである。が、一度に大量に作らないといけないので、保存する瓶が大変である。  

しばらくはこの薬品で行く。まあ、環境のことに配慮するんだったら、Xトールというのもあるんだが・・・

大判で撮る撮影そのものが楽しいので、結局、フィルムはそれに見合う大きさを選ばざるを得ない。いちどフォルダーを利用して、ブローニーフィルムで間に合わそうと思ったものであるが、撮っているうちに欲求不満に陥り、精神衛生上このましくないなあということで大きなフィルムに戻ってしまった。

車もそうであろうが、一度大きな車に乗り付けてしまうと小さい車に乗るとどうも疲れるような気がする。気のせいなのだが、疲れるのである?

知り合いからカラーで撮るように勧められているが、もうすこし白黒の目を養ってから、と思ってもいる。ズーっと白黒のままかもしれないが。                                        

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T-MAXRSであること

フィルムを自分で現像している。

今日はじめての現像剤を使ってみた。コダックのT-MAXRSである。前回までの現像は、やはりコダックのD-76原液現像。きょうのは、1:1の希釈現像指定の珍しい薬。

メーカー指定の現像時間は8分である。温度は20度。今使っている引き伸ばし機が集散光式というやつなので、これまたメーカー指定の、90%に時間を短縮。

なかなかよい結果となった。さすがはフィルムとおんなじ名前を使っていることはある。この現像薬を変えるというのは結構勇気の居ることである。メクラ現像(差別用語?)であるので、タンクの蓋を取るまでは結果が分からない。完璧暗室がないので、この方法をとるしかない現実。

結果がよければ全てよしである。しばらくはこの薬をつかおう。メーカーがいつまで作ってくれるかわからないが・・・

今日は、午前中、久しぶりに近所の山へ写真を撮りに出かけた。三月ぶりぐらいではなかろうか。方々へいっていたので、マイフィールドから足が遠のいてしまった。

やっぱり、慣れているところはよい。何がどこにあるかよく分かっているので、同じロケーションを探すにも楽である。ただ、ここは、スケールがあまり大きくはない。ちょっと残念ではある。

明日、今夜現像したフィルムをアップできると思う。ネットで見たんじゃ、粒子がどうの仕上がりがどうのというのは無理ではあるが、山の雰囲気は分かると思う。

明日の心。ん?

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タチハラフィルスタンド45

Tachia111 タチハラフィルスタンド。

この4×5インチの大判カメラは木で出来ている。

特にこのカメラがどうと言うのではない。

このカメラを大きめの三脚に取り付け街や村や花を撮っている。

その雰囲気が大好きである。
撮った後は自分で現像、プリントが原則である

写真の昔からある楽しみ方である。

よく画質重視なんですねえと、ほかの方から言われる。こちらは、あいまいに返事をしている。

このカメラを使うのは、画質を重視しているわけではない。もちろん、結果として画質そのものの幅広さといったものを楽しむわけである。が、その前に写真を撮る雰囲気を楽しみたいのである。大きい画面で撮りたいものを見つめることが出来る。ピントを合わせるために虫眼鏡を小さくしたようなピントルーペというので隅々まで確認する。手間である。

そこがよいのである。昨今流行のデジタルカメラを否定するものではない。仕事では使っているし、使い方も堂に入ったものであると思っている。だが、仕事を離れた、アマチュアの楽しみは、好きなように、勝手に、思う存分、我儘でありたい。

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天気

 昔、カーペンターズの「雨の日と月曜日は」というのを好きで聞いていた。

 写真を撮りに出るとき、最近2~3年、雨の日風の日霧の日が好みである。カメラをかついて出かけるのは、圧倒的に土曜日なのであるから、晴れた日だってある。そんなときは、結局ドライブになってしまう。

 土曜日以外の日は、仕事の環境的には出かけることも問題はない。が、なんだか遊んでいるようで、世間様に申し訳ないわけで、控えることとなる。

 今日も雨である。ホントは撮りに出たいところ。秋の花が咲き始めている。それは分かっている。住んでいる東北地方はここからが早いのであるから、ちょっと焦る。雪が降ってしまったら、それはそれでとても嬉しい、が、秋っぽい写真を撮りたいと思っているのでどうも。

 ことしは、フィルムを白黒専業ということとしているので、秋の紅葉も花も渓流の流れも全てトーンを意識的に見せる撮り方を工夫するしかない。また、今使っている大判カメラはそれが可能なのであるから悩みは大きい。

 まあ、あと何年生きられるか分からないから、せいぜい精進するつもりである。

 

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アポジンマー180mmf5.6

 どの時代のものであろうか、詳しくは知らないがシュナイダーというメーカーが作ったレンズである。大判カメラのために設計されているので一般の方で知っている方はそう多くはあるまい。

 現在もメーカーは作り続けているが、値段があまりに高くてとても手は出せない。行きつけのカメラ屋で、このレンズは今使っている日本製より「よい」と熱心に言うものだから、別にわたしは国粋主義では全くないが、ちょっとムッとしてしまった。そもそも4インチ×5インチのフィルムを使うカメラのこととて、レンズが描く微妙な違いが、好き好きは分かれるところであろうが、「よい」か「わるい」というそのものの価値判断に及ぶはずはないのである、とまあ信じている。

 そこでである。自分の使っているレンズとアポジンマーを、撮り比べさせていただいた。まあ、焦点距離が異なっているので、多少の雰囲気の違いはあるが、「写り」に関しては並べてみれば分かるというもの。幸い、フジフィルムのフォトラマのアダプター(いわゆるポラロイドの日本版)を持っているので、すぐに結果を比べられる。

Img052_r1 この二枚の写真を見てその差を見分けられる方がどのぐらい居られるだろうか。どちらがどうだということを申し上げることは差し控えるが、露出は全く同じで2分の1秒で、絞りは8である。左がフジの150ミリ、右がアポジンマーの180ミリ、焦点距離が異なっているので多少写りかたに違いはあるが。値段は中古市場でも3倍高いのがアポジンマーである。

 この写真を見せて、来たお客さんに感想を伺ったところ、「互角」との意見が全部であった。無論、アポが特段雰囲気のよい画像を提供してくれるんだったら、即買いということにもなったであろうが、これでは高いお金を払う価値は全くないと思ってしまった。あっ、どちらがどうとゆっているのと同じではないか、はは。

 まあ、こんな比較をして楽しむのも、豊富な種類を持つ大判カメラのレンズの楽しみ方でもある。各国、写真が発明されたときからのレンズを全て共通で使用できるのはこの手のカメラのみであろう。ややこしい変換アダプターや、ほかのを付けることで露出計が使えなくなりマッセなんていうけちな事は存在しない世界である。

 話は横道にそれるが、中古品を購入するときは、そのものの来歴も一緒に購入するのだと思っている。骨董品としての価値は、よほどの珍品でもない限りはないが、それでも「骨の薫り」であると思う。前にどなたが利用されていたかは別にして、そのレンズなりカメラは、時の光をあるいは何十年にもわたって見つめてきたものである。・・・戦争も見ているかもしれない。

 ただ、そのものの歴史が持つ something else を同時に、写真という無限の時間を封じ込めた表現媒体として形を変えて残して行ける、というのも、ウーンッ、ロマンティックな話に思えてくる。

 

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スナップ写真/ジャズフェス

 この二日間はいわゆるスナップ日和。昨日は大変暑く撮ってはどこかのお店に逃げ込みの繰り返し。汗だくで疲労困憊。

 借り受けたニッコール85mmf2は、結局使いずらくて鞄の中のカメラに付けっぱなしで出動することはなかったな。レンズがどうのということではなく、慣れていない見え方というのが使いづらい第一。ここのところ、全てを50mmf2でこなしてこれたので、違う焦点距離はまごつくだけだと理解できた二日間でもあった。

 レンズを返すときにもう一台用に、50mmのf2の安いのを探してもらうことにした。今使っているのだって、中学生の小遣い程度で手に入れたのであるにして。

 普段使いの目が写真を撮る人それぞれで決まっていることが多いと思う。私の場合、大判カメラを利用する場合、画角54°がちょうどいつも使っている目である。ニッコール50mmは、この画角が47°である。見え方の範囲は結構重要である。迷ったときに戻るためにはその撮影者なりのスタンダードが必要だといったのは誰だったかは忘れたが、確か外国人の有名な写真家であったような・・・

 スナップ写真である。街歩きで写真を撮るとなると魅力的な色々が、周りにどっさりあって、どれを撮ってよいか迷ってしまう。折角街に居るんだから「人」を撮ろうとする。正面から撮るためには了解をとらないといけない。知ってるバンドの連中はお構いなしだが、その他の方々はそうは行かない。これが難儀である。声をかけたら怒られるんじゃなかろうかと恐る恐るである。この点、外人はオープンであるな。したがって、外人中心となる。

 撮らせていただいた方の中に、イスラエルからこられたカッコのいいおじ様がいた。麻のスーツをビシッと着込み、中折れ帽を被っていた。真似できないカッコよさ、である。2週間の滞在日程で、今日は二日目だと仰っていた。白黒で撮れなかったのは残念だが、まあいいや、カラーだって。

 街歩きの楽しさは、知らない方を撮らせて頂いて、ちょっと立ち話をして、さよならすること。もう一生お目にかかれないかもしれないが、写真には残る。差し上げることも出来ないかもしれないが。そして、さよならは人を強くするって誰か言ってたぞ。意味が違うか。

 スナップは苦手である。昨日は、好きになれそうに思ったものであるが。多分、苦手のままである。

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