「松田産業」環境事業部、言わずと知れた産廃処理のエキスパート。
気になっていた廃液を次回からはこの会社にお願いして処理してもらうことにした。
産廃の法律で、事前に契約を結ぶ必要があるんだが、こりゃとても簡単。お互いの了解書ってなかんじである。
処理料は、1キログラム当たり80円、現像液と停止液は一緒のポリ瓶、定着液は別、ってな具合である。まあ、持込の面倒はあるんだが、これでスッキリした気分で写真ができる。
話は変わる。
今日もお休みであったので、朝から「芭蕉」を追いかけた。奥様が自動車を乗っていってしまったのでぼくはホンダカブで出発。したがって、遠くへはいけない。
装備に迷ったんだが、積める範囲で考えると、RBとデジと一脚となった。天気も上々元気一杯で旅に出た・・・
芭蕉の宿泊は、仙台市内の国分町だということであるので、ここはパス。しょっちゅう酒をのみに出掛けているんだわさ、ははは。
ということで、仙台から塩釜までを予定した。歌枕は、十符菅、壷の碑、末の松山、興井、野田玉川、おもわく橋。
案内坂から探してみた。話は前後するんだが、この冒険をナビゲートしてくれている本が角川書店の金森敦子著『芭蕉「おくのほそ道」の旅』。地図つきで見やすいし、当時の道の決定の方法が理にかなっていると思い、この本に頼ることにした。
まずはいつも通っているんだが、そのあたりから気を付けて見てみる。
「案内坂」 ここは、案内公園があり、まあ、そのあたりではあるまいかということで茶を濁 す。
続いて「比丘尼坂」を探す。禅応寺を見つけて「比丘尼塚」は見つけた。が、坂はない。ちょっと裏道を走って庭木の手入れをしていたご婦人にお聞きすると、そこから少し戻ったあたりに石碑があるという。おお、で、来た道を戻る。
あったあった、比丘尼坂、平将門の妹云々の記述。そのあたりは興味の範疇外であるので写真だけを撮る。ごたぶんにもれず、石碑のみで風情はなし。まあね。
次は旧道をすすんで、東光寺そばにあるはずの十符菅。
十符菅は仙台市宮城野区岩切、場所は不明。東光寺付近の百姓屋の庭先にあったということであるが、分かるはずなし。東光寺は由緒正しいお寺であるらしく、墓墳がそのへんにたくさんあるらしい。知識が無いのでふーんという感じで、写真を撮る。立派な石碑である。
ここまできて、気温が上がりお天道様の日差しも強くなってきた。さあ、多賀城である。
土地では今日走っている通りを仙塩街道とよぶ。仙台から塩釜のこと。で、多賀城はその途中にある。
東光寺から目指す壷の碑まではスーパーカブで20分くらい(法定速度30km/h)か?
「壷の碑」はこれまたいつも通っていた街道沿いに、いつも目にしている小屋のなかにあった。土曜日ということもあり観光客がたくさんいた。もちろんぼくも、である。
この石に書いてあることは実に事務的な内容であり、芭蕉はこれをみて涙をながしたというんだが、鈍感なぼくはこれまたフーンという感想のみ。許されたし。
この碑のまわりは多賀城政庁跡とかなんとか、たくさん見るところがあるが、実はすでに観光済みである。皮肉なことに碑だけ見てなかったことになる。トホホな話。つづいて野田玉川とおもはくの端をさがす。地図だと多賀城市役所の東側なはずなんだが、さっぱり分からない。看板も無く、先に末の松山と興井へ向かう。ここは、市で道案内をしてくれてい
るので容易く見つけることができた。まずは興井。もっとちっぽけな雰囲気を覚悟していたんであるが、コンクリートでしっかり囲われていて岩の周囲の満ち引きがあるという池には鯉その他が泳ぎ回っていた。肝心の岩はどうみても人口的に作ったとしかおもえない雰囲気であるが、どうも自然の岩らしい。不思議である。
末の松原はそこから直ぐのこだかい丘のうえ。アパートとお墓に囲まれている。和歌をよむ風情ではない。芭蕉の時代にはすでにこのお墓があったらしいからそのころのままか? 現存の松は5本ほどであろうか。市の教育委員会がしっかり管理している模様であるし。さてと、問題の野田玉川である。もういちど多賀城市役所を中心に探すことに。
市役所の東側なのは地図でわかるんだからと、見当をつけて一方通行を入っていく。あったあった。これじゃあ分からないはずである。普通の住宅街を流れる下水路である。掛かっている橋に野田玉川の表記があり、自動車で探したんでは無理であろう。カブでよかった。残念ながら、おもはくの橋(もみじ橋)は無いみたいである。もみじ公園のそばにアーチ型の橋を架けてあって、それがそのつもりなんだろうが、歌枕では土橋であったのだから、まあ、どうしたって無理がある。
さてと、これで多賀城市内の歌枕は一応観光完了である。よくもまあがんばったもんである。
一路旧街道へもどり、本日最終目的地「塩竃神社と志波彦神社」である。カブで15分くらいで到着。日差しがきつい。
全国的?に有名な神社であるらしい。この階段を登って本殿がある。若い娘さんたちがお互いに記念写真を撮り合っているのを横目に、階段を登る。真ん中へんまではなんでもなかったんであるが、残り30パーセントほどは結構太ももあたりが辛い。
さすが観光地、お客さんが大勢さん参拝されている。赤ん坊のお祓い?で正装しているご夫婦もおられた。
天気がよかったせいもあるが、荘厳さという点ではいまいちかな。ここは大判を持って小雨の日に改めてくる価値は十分あり、である。
塩竃神社となりにある志波彦神社である。改まった感じという点ではこっちのほうが雰囲気があるように思う。個人的感想である。
今日のたびは概ね成功である。見るものは見たし。今日歩いた部分がもっとも細かいところだと思うので、あとは県内といえども車であるいて不自由はなかろう。塩竃から船を利用したところをどうするか。船は酔うし面倒なんでパスかなあ・・・
それにしても、この塩竃神社、味がある。
CANON Powershot G2
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